この本を1/5くらい読んだとき、一旦本を閉じて思わず作者の名前を確かめました。「この人、今後も推せるな…」と思ったからです。いまをときめく梨氏や背筋氏を見つけたときのような、「なんか人生を楽しみにする理由ができたぞ」というあの感じ。
今回は、ホラー好きならずとも「読むべし!」とおすすめできる、寝舟はやせ著【入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください】についてレビューします。
あらすじ
息子の奨学金を使い込むような母親に追い詰められ、人生に疲弊しきった主人公「タカヒロ」
死に場所を探していた彼は「今すぐ人生がどうにかなってもいい人募集中!」の求人を見つけ、応募する。
その仕事とは、心霊現象てんこ盛りのマンションに住み込み、隣の部屋の異形と「友人」になることだった。
黒く爛れた6本指と管状の口、長い舌を持つ隣人。
彼?がベランダの仕切り越しに「これは友達から聞いた話なんだけどね」と紡ぐ怪談を夜毎聞き、何が地雷かもわからぬ友達付き合いを命懸けで続けるタカヒロ。
綱渡りのような生活を送るうち、首の捻れた女や暗闇に浮かぶ幼女の顔など、タカヒロの身の回りにも怪異が起こり始める。
なぜか彼の居場所を毎度見つける母親が、タチの悪い霊能者の力を借りていることも判明し…
入れ子式の贅沢構成と個性派揃いの登場人物

怪異が夜毎語るバリエーション豊かな怪談の背後で、主人公にも怪異が迫る怖いストーリーが展開していく…この本は、劇中劇ならぬ怪談中怪談の贅沢仕様となっています。
またなんといっても、登場人物のキャラがそれぞれ立っててとても良い!
ある登場人物は読者をヒヤヒヤさせ、別の者はイライラさせ、また別の者はホッコリさせるなど、読者に緩急を与えつつそれぞれインパクトもある、絶妙なバランスの設定です。
毒親に翻弄され厭世的になったものの、浮いた性格のおかげで日々命拾いしている主人公「タカヒロ」
被害者意識の鋼鉄ドレスをまとう頭空っぽのお姫様 珠璃奈(じゅりな)
心霊現象を毎度バイトに丸投げするコンビニオーナー 戸枝氏
秘匿主義が玉にキズの謎多き霊能者 伊乃平氏
兄(伊乃平)には振り回されタカヒロには罪悪感を抱く、唯一まともな大人の神藤氏
そしてなんといっても、グミをもぐもぐしつつ夜毎怪談を紡ぐ異形のお隣さん
読み進めるうち、ストーリーはもちろん登場するキャラクターの魅力にもどんどん引き込まれていきます。
ちなみにお隣さん、グミはやわこいのが好きらしいです。微笑ましいですね。
謎を解き、また深める表紙デザインもポイント!
主人公の住み込むマンションを描いた表紙にも、ゾワゾワするポイントが沢山!ぜひ明るいところで見て下さい。
(↓商品ページから表紙画像を見られます。端末の明度を上げると見やすいです)
タカヒロの住む7階の端にはお隣さんの姿もあります。意外とカワイイです。
9階…お隣さんとはまた違ったカテゴリの怪異でヤバそうですね。8階もうっすらヤバそうですね。右の部屋の影カーテンのシワじゃないよなぁ…
本の後半で舞台となった、Y××Tubeで配信されてしまう5階。左側はともかく、この右側もカーテンのシワじゃないとしたら…。Y××Tuberって小説に出ると大体ひどい目に遭いますよね。
あとタカヒロ君は下の部屋のご機嫌も損ねない方が良さそうです。…と思ったら、そうか、下の階が例の、タカヒロが非常階段で通るのを断固として避ける「6階」なのでした。
えっここで終わり⁈…と思ったら、やったぜ本編連載中

【入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください】は、数々の謎を残したまま「えっここで?」という終わり方をします。
母親が崇めていたタチの悪い霊能力者は?
説明のつかない姿で戻ってきた伊乃平さんは?
神社へのお礼参りやあれこれの謎は?
と思いましたら、
なんと、第二部が小説サイト【カクヨム】にて引き続き連載中なのであります。ウヒョーやったね!(記事末尾にリンク貼っておきます)
(ちなみにカクヨムに掲載済の第一部に加え、当単行本では書き下ろしが4本追加されています)
さらに、単行本では謎だった6階で起こる怪異が、カクヨム連載「万引き」で明かされていますよ!最悪です。本から現実に自分を引き戻すほど最悪です。あれに遭うくらいならウ◯コ味のカレーを下さい!
そして第二部では、タカヒロに怪談を話し続けていたお隣さんが、タカヒロの語る怪談を聞きたがるという、立ち位置の変化が起きようとしています…
個人的に気になる謎について

怪談中のキャラクター表記の謎
隣人が「友達から聞いた」という怪談に登場する人物たち。「友達」の同級生は「友人」等と表記され、その他の固有名詞も基本的に「××」となっているのですが、
しばしばDくん、Sくんなどアルファベットで表される登場人物がおり、彼らはことごとく霊感があったり霊障に遭ったりしているのです。
この使い分けにはどんな意味があるんでしょう。
タカヒロの過ごす現実ラインで再登場させるための布石?
例外的に名前がはっきり出ているのは、怪談「ご利益」のソメイリョウタ氏。
主人公のご近所さん「スミエユナ」とちょっと苗字の音が似ているのが気になるんですよね…
「友達から聞いた話なんだけどね」の謎
文中でマンションの大家さんは、702号室から過去逃げ出したのは23人であると言っています。裏を返せば、
まあ、おそらく、逃げ出せたのが二十三人というだけなんだと思うが。
「入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください」寝舟はやせ KADOKAWA(2024) 12頁
ということです。
もしや、
- 「これは友達から聞いた話なんだけどね」という語り始め
- 過去に友達役を務めた「逃げ出せなかった」住人たち
- 隣人がタカヒロに怪談を話させようとしていること
には関連があるのではないでしょうか。怪談を話すともう逃げられないことになるとか…
紡がれる怪談が過去の住人の数と同じになったとき、一体なにが起こるのでしょう。
……と思ったのですが、タカヒロは冒頭の時点で半年にわたり怪談を聞いているため、その数は過去の住人よりかなり多そう。
かつ、怪談「友達の妹」と「写真」の語り手はおそらく同一人物なので、怪談をひとつ話す=致命的な何かが起きて退場、でもなさそうです。
逆に、どの話も男の子が主人公のように思えるため「友達」は1人。すべての怪談は彼のものなのかもしれません。いろいろな考察ができますね。
ちなみに264ページでは、過去の住人の「友達」と怪談中の「友達」は別物である、とタカヒロは思っており、この「怪談を実話と信じない心理」が彼を守っているらしいのですが、その後その心理は揺らぎを見せ始めています。
伊乃平氏が言う「自分を騙すことに慣れすぎている奴はかえって危うい」は、ここに関わってくるのかもしれません。
「話す側」になることがターニングポイント?

では、「怪談を話す」はタカヒロの退場フラグではなく、物語が大きく展開するトリガーなのでしょうか。
「この怪談は実話ではない」と信じる力が大事なのは、いずれ語る側に回るハメになるから?
隣人の言うように「言葉にすると信じる」ことになり、怪談「ただいま」が示唆するように、考え続けたことは具現化するのでしょうか。
タカヒロが怪談を「実話ではない」と思えなくなり、かつその心理で語り始めたら、周囲を巻き込む大きな怪異に繋がっていくのかもしれません。
タチの悪い霊能者が提唱するタカヒロの「使い道」はここに関係してくるのかな?魂が幼いものは具現化の力も大きいとか…
でも大家さんの話が嘘でなければ23人は逃げ出せているのだし、不遇の人生のタカヒロくん、いつかは幸せになってほしいと思います。
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