イギリスの食べ物の味を表現するのは難しい。経験上、一口食べて「マズっっ!!」と吐き出すほどまずいものは基本ない。ただ、静かに食べるのをやめて眉間のしわを揉むような味のものにはよく遭遇する。と思う。
まずくはないけど、おいしくないのだ。それも、「自分の国で食べつけない味だから」などの理由ではなく、人類のDNAにインプットされている「食べ物をこうするとおいしくない」のツボを的確についてくる。
私は一日三食可能な限りおいしいものを食べたい人間だ。就職に使う気はさらさらなく、ただ一生の食生活のために調理師免許を取ったほど食い意地が張っている。次のイギリス旅行ではせめてひもじくない旅程を送りたい。
その期待を持って選んだ本が、今回ご紹介する「イギリスはおいしい」である。
かばってもまずいもんはまずい
さて、先日ツイッターでこういうツイートをさせていただいた。
イギリスの食事をまずくないと擁護する人の「イギリスでは自分の好みで塩をかける習慣なのを知らない人がまずいと言っているだけ」理論はちょっと苦しいと思う。日本でご飯食べたって塩気が足りなければかけるくらいのことはみんなするわけだしイギリスで急にそれを忘れたりはしない(続)
(続)「食べ物に心を砕くのはみっともない、的なピューリタン禁欲思考が影響している」論の方がずっと説得力があると思う。・・・実際足りないのは塩ではなかった。個人的に味より根深い問題なのはテクスチャーだと思う。まぁ普通に食べられるものもあったし、イギリスにはまた行きたいけどさ
— のらいぬ (@DamaskAyame) 2018年1月14日
このほかに「ちゃんと探してちゃんとしたところに行けばおいしいのに情弱がw」論も見かけるが、投げた石が当たった店に入っても何もかもおいしい国があるなか、ちゃんと探さなければいけない時点で「食事のおいしい国ランキング」には入れられないのである。
しかし観光経験はあれど居住経験はない私、イギリスの食に関する経験値が少ないことは認めざるを得ない。イギリスにはまたぜひ行きたいこともあるし、ここらでおいしいものリサーチをしておいたほうがいいだろう。
この「イギリスはおいしい」は、ケンブリッジ大学・オックスフォード大学の訪問研究員としてイギリスに居住した林氏が、ローカルな食についてエッセイ風にレポートした本である。いかにも我々観光客が知り得ない、イギリスのおいしいメニューの知識が得られそうではないですか。
・・・思ってたんと・・・
しかし「イギリスはおいしい」の第1章「塩はふるふる野菜は茹でる」は、まずいかおいしくないか飲み込めないものの話から始まる。
・・・いやいや、そういう構成もあるだろう。これで掴んでおいて「しかし!」とおいしいものの話が始まるに違いない。
林氏も「もう(この描写は)いい加減にしよう」「積極的においしいものもある」と述べておいしいものの話に入ろうとするのだが、そのおいしいものトップバッターがりんごなのである。
りんごか・・・。私はもっと、夕食を泣く泣く残した結果、シードルとポテトチップで飢えを凌ぐ旅程を送らずに済むメニューの情報が欲しいのだが・・・
もちろん食材系でなく、メニューとしておいしいものの紹介もある。しかし林氏の文章は、おいしいものの話をしているはずなのに連想的にまたまずいものの話に戻ってしまう、「この食材はこんなにおいしいのになんでイギリス人はまずくして食べちゃうんだろう」など、グルメガイドとしては期待薄な表現にさ迷い込んでしまうのである。
この本思ってたのと違うな・・・と気付いた私は、紹介されているメニューと、描写されている味の統計をざっととってみることにした。結果は以下のようなものである。
メニュー・食材総計(「1コース」も含む)44のうち、
- まずい!! 19
- 許せる・まずくはない 3
- そこそこ 4
- おいしい 7
- 本当に美味!! 5
- 味について記述なし 6
・・・本の題名の変更を要求したい。ちなみに「本当に美味!」に入った5メニューは一人の音楽家が作ったもので、それはその人がすごい料理がうまいだけでは・・・との結論に至るしかないのである。
ちなみに「そこそこ」「おいしい」ランクの食は、どちらかというとメニューより食材系が目立ったことも報告したい。
しかし、イギリスの静かで頑固で皮肉でおおらかな空気を存分に楽しむ本としては、非常におすすめできる一冊である。芝居掛かった変人奇人に翻弄される林氏のイギリス生活の描写は、あの地への思慕を感じて羨ましく、微笑ましい。
袖触れ合うも多生の縁と、世間話をしただけの家族の結婚式に招かれ、細やかで優しいもてなしを受ける場面などは、とても心を打たれる。(が、ここでいただいたメニューの味の感想を、林氏は描写しないのである)
最後の章ではイギリスの家庭料理を学ぶために、主婦の女性の夕食作りに付いてレクチャーを受ける場面もあるが、この章の結論は
たしかに、ホワイトソースは粉っぽかったし、ローストベーコンは塩辛いばかりで、茹ですぎた野菜には特に掬すべき味もなかったが、それでもなお、イギリスの食卓には、私たちの国ではもうとうの昔に失われてしまった、なにか美しい「あじわい」が残っているのであった。
「イギリスはおいしい」 林 望 平凡社(1991) 239-240頁
といううまい感じで締められている。つまり・・・そういう趣旨の本なのである。
私がこの本から学んだのは、次のイギリス滞在ではスーパーで一番美味しそうな食材を買って自分で料理しろ、ということであった。
おまけ
数年前のクリスマスにロンドンへ旅行した際の食事写真がいくつか見つかったので、感想とともに紹介したいと思う。
到着当日ホテルのレストランで食べたチキンカレー。空腹なのにどうしても食べ進められないという不思議体験の洗礼を受ける。
「イギリスはおいしい」的にいうと、ソフィスティケイティッドなフィッシュ&チップス。不可はなし。しかし可もなし。衣が口内を傷つける。ミント味のマッシュビーンズに衝撃を受ける。が、食べつけない味を「おいしくない」と表現するのはフェアとはいえない。無念。
パブで食べたソーセージとグレイビーソース、マッシュポテト。これは普通においしい。ただ火入れが長いのか、ソーセージの皮が鎧のようであった。
ひもじい日々に耐えかねイタリアンに逃げる。見たままの雑ながらハズレのない味。この国ではパンの類はおおむねパサパサである。続いていた禁酒もこの旅行で断念した。液体も貴重なカロリー源だし。酒のつまみとしてなら、塩味が付いていればどんな食べ物にも存在価値があるのだ。
先に言っておくが、この和風焼きそばの写真は食べかけではない。空港のレストランだから仕方がないのかもしれないが、街中にもある有名な日本料理チェーンのものである。ビジュアルから味の様子は充分お伝えできたと思うが、補足すると、おととい茹でたパスタで昨日焼きそばを作って20分強火で炒め、今日までラップをかけずに放っておくと再現できると思う。
ロンドンではクリスマスに営業している店はほとんどなく、レストランやスーパーも閉まってしまうため、クリスマスディナーは日本食材店で調達しておいたペヤングになってしまったのだが、かえって幸せであった。己の境遇に感謝するという点では、大変実りのあるロンドン旅行だったのかもしれない。
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