ミヒャエル・エンデの代表作といえば、冴えない少年が本の中の世界で冒険する【果てしない物語】と、この【モモ】ですよね。
押しも押されぬ代表作なので子どもの頃に読んでいたのですが、このたび読み直して震えました。
「これよく子どもの頃に意味わかって読んだな!・・・いやわかってなかったな!」って。
そのくらい、【モモ】は大人にならないとわからない部分が多すぎる本だったのです。
子どものときだって登場人物の苦悩が染み入ってきたものですが、大人になると無慈悲にグサグサ刺さってくる・・・
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時期にもよりますが、「Kindle Unlimited」のサブスクリプションに入っていたときはまさかのお得さに震えました・・・
Kindle Unlimited自体に入っていない方はこちらから。
私は今回オーディブルで試聴したのですが、なぜオーディブルも推すのかは後ほど説明します。あのキャラのゲス声が聞けて楽しいから・・・
あらすじ
ある小さな町の円形劇場跡に、小さな女の子が独りで住み始めたことに町の人々は気づいた。頑なに施設へは行きたくないというその孤児の名は「モモ」
町の人々は「どうせみんな貧乏子沢山なんだし、一人くらいみんなで面倒みれるでしょう」とモモを自由にさせることに。
モモには、ただ人の話を黙って聞いているだけでその人を「開眼」させる無意識の能力があった。
モモのそばで話しているだけで、悩んでいる人は自分で解決策を見つけ、喧嘩している二人は仲直りし、子どもたちは最高の遊びを思いつくのだ。
モモは町の人々にとってなくてはならない存在になった。
一方そのころ都会では、時間を盗む邪悪な存在「灰色の男たち」が活動を広げていた。
モモの能力は灰色の男たちの障害になってしまう。ヒトではないその男たちの魔の手は、モモだけでなく大切な友達にも忍び寄っていくのだった。
時間どろぼうの犠牲者 フージー氏のケース
灰色の男たちはどうやって人の時間を盗むのでしょうか。それは「時間貯蓄銀行に時間を貯蓄させる」ことによってです。
さて、ここに42歳独身理髪師のフージー氏がいます。
フージー氏はそこそこの腕の理髪師で、毎日8時間お客さんと楽しくお喋りしながら仕事をし、貧乏でも金持ちでもない人生を送っています。仕事はけっこう楽しいし、お客さんの相手も好きです。
でも、ときにこう思ってしまうんですね。「俺の人生ってなんなんだろう。俺がいなくなっても名が残ることってないよな。それでいいんだろうか・・・なにかもっと『豊かでちゃんとした人生』があったんじゃないだろうか」
そこへ灰色の男が「時間貯蓄銀行の外交員」を名乗って現れ、フージー氏が「ちゃんとした人生」を送っていないのは、時間を無駄に浪費しているせいだと述べます。彼が言うことを意訳すると
「あなた、お客さんと楽しくお話ししながら仕事しますね、これは無駄です。耳の聞こえないお母さんのお相手、セキセイインコの世話、趣味の合唱団の練習、行きつけの飲み屋で過ごす、友達と合う、本を読む、好きな女性に毎日花を持って会いにいく、これ、全部無駄な時間です。この時間を貯蓄しましょう」
この時点で読者としては「めちゃくちゃ幸せな生活じゃん!!」と思うのですが、なんとフージー氏は「ちゃんとした人生」のためにこの時間を全部削ってしまうのです。
これが【果てしない物語】の世界だったら本に入って「バッカヤロオォ目を覚ませ!お前がいま送ってんのが『ちゃんとした人生』じゃ!!」と往復パンチなどしたいのですが、【モモ】なのでかないません。
灰色の男たちの犠牲者は「なんとなく」のイメージで豊かさに憧れており、灰色の男たちは、犠牲者が節約した時間を吸い取って生きています。
ここで問題になるのが犠牲者の友達、モモの存在。
「なんとなく」で時間の価値を決める人間を食い物にしているのだから、彼らを開眼させる存在ほど邪魔なものはありません。
灰色の男たちとモモが対決することになるのは、必然的なものなのです。
人生の目的は豊かになること?
無駄な時間を削り、目標に向かって邁進すれば「豊か」になれるんじゃないだろうか。
これは大人も、ときには子どもも、特に社会人だったら一度は思うことですよね。
ところがどっこい、人間の目的は「豊か」になることじゃありません。「豊か」になることなどの手段で「幸せ」になることなのです。
しかし灰色の男たちは「幸せ(目的)」のための時間を無駄と断定し、それを削って「豊かさ(手段)」を目指させてしまいます。(人によってはそれが「結婚」だったり「肩書き」だったりするかもしれません)
彼らの毒牙にかかった人間は、この本末転倒に気づきません。
物語のなかで、時間どろぼうの口車に乗った大人たちに共通することがあります。それは「“無駄な”時間を捨てる」ことにより「矜持を捨てている」こと。
彼らはかつて仕事に心を込めるのが矜持でした。が、灰色の男たちに堕とされた後は、効率のためにその矜持を捨ててしまいます。
【モモ】では繰り返し「いのちは心に宿る」といわれます。矜持を捨てて仕事をする時間、人は「死んでいる」のです。
物語中、富豪になりたいがあくせくはしたくない若者ジジがこう言います。
「でもな、ちっとばかりいいくらしをするために、いのちもたましいも売りわたしちまったやつらを見てみろよ!おれはいやだな、そんなやり方は。(中略)ジジはやっぱりジジのままでいたいよ!」
「モモ(Kindle版)」 ミヒャエル・エンデ 岩波少年文庫(2005) 位置No.1785
この時点では、ジジは「豊かさ」と「幸せ」の相関を正しく捉えているのでしょう。
仕事の時間「死んでいる」としても、余暇の時間があれば生き返れるのですが、それは全て無駄なものとして貯蓄(灰色の男たちへの献上)に回されてしまいました。
そのため、時間貯蓄銀行と契約した人は日々そのものが「死んだもの」となってしまいます。
しかし、カネは増え、ひいてはモノも増えて物質的な生活レベルが上がるため、それには気づかないのです。
「こんなにいろいろモノを得たのに、なぜ全然幸せではないんだろう」と疑問を抱きつつ、時間がないので答えを出すこともできません。
「心を捨てて死んだ時間を過ごした結果、モノは増えるがいつまでも不幸せ」
この言葉にダメージ受けないでいられる社会人って、いまどのくらいいます?
どうして犠牲者は死んだ時間から抜け出せないのか
彼らだってかつては生きた時間を過ごしていました。だから「何かおかしいぞ」と思った時点でかつての生活に戻ればいいんです。それができないのはなぜでしょう。
「カネ」や「モノ」はカテゴリ的には持ち物です。あくまで自分(主)のための付属物(従)です。
しかし、時間貯蓄銀行との契約は「“豊かな”生活(従)のために自分(主)の心を売り渡す契約」ですから、主と従の入れ替わりを引き起こしています。
従のために主を削るとは、人生の司令塔側を削るということ。
だから、そういう生活を続けるほど「何がおかしいのか」の判断力も弱まってしまうわけです。
死んだ時間に追い立てられて過ごすファストフード店主ニノの諦観
かといって、なにも持たなかった頃に戻ることもできない若者ジジの閉塞感
死んだ時間にはまり込んだ老人ベッポの無力感
ただの物語としてはとても読めません。
なにが無駄でなにが有意義なものか
なにが豊かでなにが貧しいものか
錯誤させるものが「時間どろぼう」というなら、それはいまこの世に本当に居るともいえます。
奪った時間を吸い取って生きているものは、一体なんなのでしょうか?
【モモ】のオーディブル版を推す理由
【モモ】のオーディブル版は高山みなみさんがナレーションしてくださっています。そう「名探偵コナン」のコナン役の声優さんです。
作中では高山さんの八面六臂の名演技を楽しめるのですが、やっぱりどこかにコナンくんの声の響きがあるんですよね。
そして、灰色の男たち役も高山さんがなさっているので、すごいゲスなセリフを吐く悪のコナンくんをたくさん楽しめるのです。邪道なんだけど楽しいものは楽しい。
オーディブルに入っていない方はこちらから。最初の30日は無料(※執筆当時)なので、ちょっと聞いてみたいならぜひ!
私が「何かおかしいぞ?」と幸せになるまで
【モモ】の内容が大人にグサグサ刺さるという話をしてきましたが、私にとっては過去のトラウマを呼び起こすと言ったほうがいいかもしれません。
以前正社員として勤めていた会社では、他社を出し抜くために見切り発車で全ての仕事を回すという、まさに矜持を捨てないとできない仕事をしていました。
お金は充分もらえたしモノは増えたし高い評価も得たけど、会社の価値観ごと大嫌いでした。そんなとき思ったのです。
我慢の時間の後にご褒美をもらう人生
我慢して仕事して、退社後がご褒美の時間
我慢して仕事して、定年後がご褒美の時間
これは「人生」って呼ばないんじゃないか?と。これからは、仕事をしている時間も幸せでなければ「私の人生」とは認めないと決めたのです。
発達障害で、もともと常識に馴染めたためしがないことが良かったのかもしれません。いまでは
好きな仕事だけを選んで納得いくまで完成度を上げ、夕日を見ながら帰ること
時間を決められずに好きな場所で食事をすること
会いたい人にいつでも会えること
今日体調悪いなと思ったら伏せっていられること
などを叶えた人生を送っています。人より裕福とはまだ言えないけど、起きた時から寝るまで毎日ずっと幸せです。
今回【モモ】を読んで、あの時こっちの人生を選んでよかったんだなぁ、という改めての実感と心強さ、あのまま行ったら…という改めての恐怖を感じることができたのは、とてもよかったです。
(自分とモノの主従について目を覚ましたいならこちらの本もおすすめ)