五七五のまま現代語に!【百人一首がよくわかる 橋本 治】

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和歌の本
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「太宰治の読書感想文を集中的に書こう!」と決意してちょいと書いたら飽きてしまい、他の本の紹介です。

だってもうこの驚きとオススメ度合いを伝えたいという情熱には逆らえない。

本日ご紹介するのは「百人一首の三十一文字を現代語の三十一文字で解説しよう!」という画期的な本、橋本治氏著【百人一首がよくわかる】です。

まずはこちらの写真、本の帯の部分をご覧ください。

趣旨はもうわかりますよね?五七五七七の和歌を、現代語で、しかもなるべくカジュアルな話し言葉で、なおかつ同じ五七五七七で百首すべて訳してあるんです。

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橋本さんはあの編み物の人

橋本治、という名前を聞いた時まず思い出すのは、古典文学より編み物のことかもしれません。1989年に【男の編み物、橋本治の手トリ足トリ】という男性向けの編み物本を出版し世間を驚かせた稀有な方。

お姿は大変こう・・・ワイルドな佇まいなのですが、本の語り口はとても柔らかく、わかりやすく、親しみやすく、まるで読んでいるというより聞いているようななめらかさです。

まず前書き、百首を選んだ藤原定家の仕事ぶりからしてわかりやすい。

さらに定家は、百首の和歌を一首ずつ色紙に書きます。宇都宮入道頼綱という人の別荘の飾りにするためです。定家は字がへただったのですが、入道がどうしてもと言うので、しかたなしに書きました。

橋本治(2016) 「百人一首がよくわかる」 講談社 2頁

えー、定家かわいそう。とか思いながらスラスラと読んでいける親しみやすさ。この語り口で詠み手それぞれの人柄や立場、境遇、その時の気持ちなどを解説しており、お勉強という感じは皆無。いつの間にか百人一首の知識と教養が身についてしまうんです。

絶対忘れない絶妙な訳しぶり!

百首の中から「これはうまいな!」と思った訳をピックアップしてみました。

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

月見れば なんだかいろいろ 考えちゃう みんなのところに 秋は来るけど

橋本治(2016) 「百人一首がよくわかる」 講談社 66頁

これ、一般的な解説本だと

「月を見れば心乱れて物悲しい 私だけに来る秋ではないのだが」

とかになると思うんですよね。そしてその後助詞の解説に入る・・・

それを「なんだかいろいろ考えちゃう」ってすごくハイセンスじゃないですか?一生忘れない。「歌の意味を知る」というより「詠み手と感情をシンクロできる」訳だと思うんです。

他にもお気に入りをいくつかご紹介

心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

てきとーに 折ってもみようか 初霜が 降りて迷わす 白菊の花

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

あの人が 好きだとみんなに ばれちゃった 誰にも内緒で 恋していたのに

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

ネックレス 切れてもいいのよ このままじゃ 心もそのうち はじけて消えそう

橋本治(2016) 「百人一首がよくわかる」 講談社 78頁 102頁 198頁

教科書の解説を読んでも「へー、そうなんだ」で終わりがちなこの三首ですが、この訳だと曲付けてCD出したらオリコンに入りそうなリアリティ。和歌は「歌」なんだなぁ、と改めて思わせてくれる絶妙さです。

また、この本の価値は訳だけではありません。歌それぞれの解説も素晴らしいのです。

教養の詰まった秀逸な解説!

本のレイアウトは右側に歌とその訳がありまして、左がその歌の解説になっているのですが、またこの解説が抜群にわかりやすい。前書きと同じあのやわらかな語り口で

  • この人はこれを詠む前(もしくは後)にこういう目に遭った
  • この歌の人とあの歌の人はこういう理由で仲が悪い
  • この歌とあの歌は◯◯つながり
  • この歌の次にこの歌を並べるのはこういう事情
  • この歌はインテリ歌。あの歌はセクハラ歌。理由はこう

などの事情や背景を紐解いてくれるのです。もちろん掛詞や序詞など手法の解説も忘れません。

橋本氏に底知れぬ教養があることも伝わってきますし、「本当に頭のいい人はどんなバカにも伝わるように話す」という言葉の意味がよくわかる秀逸な解説です。

また「わかりやすい」だけではない、ハッとするような感性もこの解説の醍醐味。特に7番の歌

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

の解説文は素晴らしい。

和歌を好む方ならご存知かと思いますが、これを詠んだ安倍仲麿は遣唐使として唐に渡り、さぁやっと仕事が終わって日本に帰ろうとしたら船が暴風雨に巻き込まれて唐に戻ってしまい、結局日本に帰れないまま唐で生涯を終えたかわいそうな人。

上の歌はその仲麿が「ああやっと帰れる。懐かしい三笠山から見える月もこんな感じかなぁ」と唐で夜空を見上げて詠んだ歌なんです。が、橋本氏はこの歌が次の8番と「笑い」つながりだ、と述べています。えっ、このかわいそうな人の歌のなにが笑い?と疑問に思う心にグサッとくるのがこの一文

安倍仲麿が「三笠の山に」と詠んだのは、「今度こそ帰れるぞ」と思う、中国での帰国パーティーの夜だったんです。結局だめだったけど、その夜は安倍仲麿だって笑ってたでしょう。

橋本治(2016) 「百人一首がよくわかる」 講談社 37頁

仲麿・・・とおもわず涙ぐんでしまうようなハッとする一文。歌の意味、覚えやすさだけでなく詠まれたその場の空気まで肌に伝えてくれる、際立った感性の解説なのです。

(※実際にこの文があるのは8番の解説末尾)

和歌スキーでなくても一読の価値あり!

百人一首に興味があるなしに関わらず、読み物として心からおすすめしたい【百人一首がよくわかる】。魅力の一端をお伝えできたでしょうか。

もちろん他の解説本と同じように初句(最初の5音)の索引も付いており、興味のある歌から楽しめます。

そしてね、本歌の初句索引だけじゃなく、訳した歌からの初句索引も付いているんです。

最初見たとき正直、これ要るかなぁ・・・と思ったんです。訳の方から索引ひきたい人いるかなぁ・・・

などと思いながらパラ見していると

ん?

見間違いだろ

これはいるね!!

この歌の件はそれぞれでお確かめいただくとして、個人的には「古今と新古今(訳三千首)もこの人これでやってくれないかなぁ・・・」という邪な願いを抱きつつ、【百人一首がよくわかる】のおすすめ記事を締めたいと思います。

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