「身体に気をつける」ってなんなのか、ちょっと車で考えてみる

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先日38になりまして、まあもうアラフォーなんで「身体に気をつけなよ」って言われることも多いんですよね。

しかしこの「身体に気をつける」ってどうもピンとこないのです。風邪をひかないようにすることだと思ってません?私は思ってる。

ピンとくる「身体に気をつける」って、そして「気をつけ過ぎる」って何なのか、ちょっと例えで考えてみました。

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ちょっと「車」で考えてみる

例えば、電車もバスもない地域に一生いなきゃならなくて、そのかわり「一生一台だけ車を所持できますよ」っていうシステムになったら、その車、めちゃくちゃ大事にしますよね。

できればハイオク入れるし、道に落ちてたような得体の知れないガソリン絶対入れないでしょ?

「俺もう10年車検出してないんだぜ」とか絶対自慢しないし、かっこよくなるからって無理矢理パーツ埋め込んだり外したりしないですよね。

でも自分の身体にはけっこうそういうことをやっちゃってる。一人に一生一つしかないのに。

寝てないことをかっこいいと思っちゃったり、どれだけ飲めるかをかっこいいと思っちゃったり、見た目のためなら中身のシステムをないがしろにしたりついやっちゃうんですよね。

でも気をつけ過ぎるのも・・・

じゃあ身体を大事にするために食事をオーガニックオンリーにしたりアンチエイジングに命をかけるのも、それもちょっとどうなのか。

海行きたいけど日焼けするから行かないとか、あのスイーツ食べてみたいけど炭水化物だから我慢するとか、あげくの果てには「ひとっ走りしてスッキリしたいけど有酸素運動は活性酸素が・・・」みたいな、もう意識が高すぎて着地点が見つからないような節制すらある。

でもそれって車に例えると「車あるけど走行距離増えるからどこにも行かない」みたいなことじゃないかと思うのです。

身体という唯一の道具を使って生きている

「身体」って、自分じゃないですよね。身体は自分の道具です。

だから、道具を大事にしすぎて自分が何もできないのは本末転倒。

でもその道具は一生に一つしかなくて、一応治癒力はあるけど替えはきかない。だからいたずらに粗末にはできない。

「身体を大事にする」だとピンとこないけど、車に例えるとちょっとわかるような気がするのです。

これ車にだったらやらないよな、って扱いを当然自分にはしないように、人生後半に差し掛かった今気をつけていきたいと思います。

よろしければよろしくです
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